現代の僧医をめざして soui

無畏の誓願

行動する宗教

 僧医とは何かとよく訊ねられる。しかし僧医であるはるか前に、私は一人の僧である。出家してよりすでに四十五年。私の骨の髄のどこを斬ったとしても、僧としての面目しか出てこないのは当然である。ただ私のいう僧は“はたらき”であって“かたち”ではない。僧としての威儀は確かに大切だと思うが、一度身に纏った法衣を脱ぎ捨ててはじめて見えてくる世界もある。

 仏法を説くことも必要、論ずることも必要ではあるのだが、おしなべて今の宗教は祖述の領域から出られない。法筵の盛況や書肆の賑わいも、つまるところ言葉が言葉を生むだけで、しかもその言葉に真実の力がない。ここに現代社会に生起する諸問題はおろか、人の生老病死の現実に向かい合うことすらままならない宗門の現状がある。

 二千数百年にわたり夥しい数の先人の力で築き上げられた仏教の体系はまさに智慧の宝庫であろう。しかしながら、どんなにすばらしい教えも人生の生老病死の中で実践し試されなければ真の智慧として会得することはできない。言葉が言葉を生む宗教もいっぽうでは必要かもしれないが、行動することによってこそ具わる真実の言葉の力を世の中は求めているのではないだろうか。

 昔、私たち僧侶は社会の中でさまざまな役割を担っていた。教育者であり福祉家であり芸術家でもあった。時代が降るとともに専門分化し、教師やソウシャルワーカー、カウンセラーなどそれぞれのプロフェッショナルができ、僧侶の役割は葬送儀礼というきわめて狭小な部分に限定されるかのようになってしまった。

 青年僧の講演会に招かれるたびに私は繰り返す。僧侶、とくに若い坊さんたちは伽藍にちんまりと安住しないでほしい。あくまでも僧としての基本はしっかりと築きながらの話であるが、積極的に社会に交わり、チャンスがあれば専門職を身につけ公的資格を取得して活動し、そのノウハウや経験を宗教界に還元していただければよい。従来宗門では他職を兼業する僧侶を“二足の草鞋”としてややもすれば蔑み、本人も忸怩たる思いを抱くことが多かったが、これからは違う。もともとそれらの役割は昔、僧侶が社会活動の一環として担っていたのである。たとえばカウンセリングのスキルなどにしても、より科学的にシステム化されたものを再吸収し、宗教者としての背景を生かすことで新たな活動の可能性が生まれるのではないか。現に全国の先進的な僧侶たちが、すでに独自の取り組みを続けている姿にはたいへん心強いものがある。

 社会の中で積極的に行動し実践する現代宗教。その多様なあり方の一つとして、私自身は僧医という生き方を選んだ。しかも僧において学僧の道を取らなかったように、医においては臨床医の道を歩もうとしている。つまり医学ではなく医術を志しているのだ。

抜苦と与楽

 医学部五年生で初めて病棟実習に入った日、ふと昔学生時代に習った記憶が頭をよぎった。慈悲の慈はマイトリーで与楽、悲はカルナーで抜苦。急性期の患者さんでも然り、末期の患者さんでも然り。臨床の現場では身体的苦痛が患者さんの耳を蔽い心を鎖し、どんな高僧の説法も届かない。『般若心経』がいくら「無眼耳鼻舌身意」と説き「無受想行識」と説いたとしても、痛いものは痛く苦しいものは苦しいのである。事実、あの覚者釈迦牟尼とて末期は病臥苦悶されたではないか。とにかくこの体の痛みや苦しみを何とかしてほしい。それが患者さんの悲痛な叫びである。

 慈悲は言葉ではなく教えでもない。まずは急性期の身体的苦痛を緩和すること(悲=抜苦)。そうすることによって、はじめて周囲に耳を傾け、わが身を振り返るゆとりが取り戻せよう。人としての尊厳もそこにある。時宜を得て法を説く(慈=与楽)とすればその次の段階である。身体的苦痛の緩和は言うまでもなく医師の仕事であり、医学の修得と臨床での研鑽が必要となる。

 医師は身体を診、僧は心を説く。これは誰にでもわかりやすい図式である。もっとも心を診る医師がいないわけではない。精神科医は心を診るではないかと指摘されれば、それはそのとおりである。だが心の問題を扱うとはいっても、精神科医は基本的には科学者であって宗教家ではない。心とは深甚広大にして不可思議なものであり、サイエンスという方法論の及ぶ領域はごく僅かなものである。もしサイエンスが万能であるなら、私も僧形を廃して医師に鞍替えするのだが、そう簡単にはいかない。

 臨床の場で医師が技量の粋を傾けても、どうしても心に寄り添い魂に手を当てる癒しの業(わざ)が必要となる。また逆に、僧がいくら宗通説通(しゅうつうせっつう)の限りを尽くせても、身体という物質の世界を扱う手立てを持ち合わせてはいない。身体を診る医師と心を説く僧侶。言うならば、これら二つの立場を止揚したところに、私のめざす僧医という存在がある。

無畏の誓願

 医師はヒポクラテスの誓いに倣い、僧は四弘誓願を宗とするように、僧医には当然僧医としての誓願がある。私はそれを端的に「無畏の誓願」と意識している。

 ご承知のように、布施には財施・法施・無畏施の三つがある。在家者は財をもって施す。僧は仏法をもって施す。三番目の無畏施とは「畏れ無きを施す」、つまり畏怖恐怖の念を除去せしめようというのである。ちなみに精神医学では、対象のない漠然として未分化なおそれを不安といい、具体的な対象のあるおそれを恐怖と呼んで区別しているが、ここで仏教用語と同列に比較する必要はないだろう。いずれにしても、無畏施の無畏とは、言い換えれば安心(あんじん)であり安穏である。

 人口に膾炙している宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の詩は大乗菩薩の誓願であり、禅家からすれば「無字真実の境涯」とも響き合う。その一節にこうある。
『南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ』
これはまさしく無畏施そのものではないか。

 最近、知人の身内が長年の闘病の末に癌で亡くなった。わが国屈指のホスピスに入院し、緩和ケア専門医や看護師の頭が下がるような献身的な看護を受けながら、傍目には恵まれた終末期であったのだが、知人の家族は交代でホスピスに泊まり込んだという。身体的には疼痛のコントロールもきちっとなされ、それ以上できることは何もない。しかし、死に往く患者の心を「安心」させたのは、ホスピス医でも看護師でもチャプレンでもない、やはり伴侶や兄弟が四六時中ずっとそばに寄り添い、鎮静昏睡下でも決して独りにさせないことであったという。『観音経』によれば、「施無畏者」と別称される観世音菩薩は、三十三に身を分けて法を説き無畏を施す。知人から一連の話を聞いて、この患者さんの場合、夫や兄弟が菩薩のはたらきを担っていたのだとしみじみ思った。

 僧医の誓願は菩薩の行願である。生老病死する己(おの)がいのちをそのままに受け容れて安心へと導くことである。この安心は安身でもある。無畏が身心一如という全体性の中で成り立つとすれば、身体的精神的なキュアを行う医師の役割と、心や魂をケアする宗教者の役割との双方を見通して兼ね備える僧医の存在がこれからの時代ますます必要となってくるだろう。願はくばこの〈施無畏の願一点〉が僧医のみならず、あまねく医療家の誓願として弘通してほしいものである。

月刊「春秋」2007年1月号所収

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